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ゆかいに歩けば。
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02. まちぶせ

重たげながらよく通る音が街中に響き、鳥たちが一斉に飛びたっていく。
時計台の鐘の音だ。十二時には、三度鳴って、道行く人々総てに時間を知らせている。

――鐘の音を聞きながら、古ぼけたアパートメントの目前。
しっかりとした体躯を持つ、背の高い男がひとり。ぴんと背筋を伸ばして立っていた。
恐らくは誰かを待っているのだろう。正された立て襟、白の正装。それに相応しく引き締められた表情。
陽の光を返す事の無い深い黒髪はきちんと手入れをされて分けられているが、一房だけ左頬に垂れている。
ブルーグレイの色をした目は、苛立ちを漏らすまいとしているのか虚一点だけをただ見据えていた。

二度目の鐘が鳴る。
まだか。と男は目を細めて漏らしたが、その声は鐘の音でほとんど消えてしまった。
二度目の鐘が鳴りやんだ時、腹の奥底から溜めていたであろう息が地を這うようにその口から吐き出された。
ぐっと、その眉間に皺がより、その目は見開かれたのである。



「ガナーヴァジさん! 王都からのお迎えが来ていますよ!」

彼女の声はよく通ったし、とても高い。鳥のような声だ。
ただ難点であるのは、彼女がその声を歌でも歌うかのように伸ばして彼の名を呼ぶときは、
大抵の場合、彼に面倒事を運んでくることである。うむ、更に追加をするとしよう!
彼女の張り上げた声は、鐘の音よりよっぽど寝ぼけた頭の中をぐらぐらと揺らすのである。
ぱちりと、空色の目がまんまるに開かれた。こうしちゃあ居られない!
彼はまず、扉の鍵をきちんと閉めていた自分に感謝をした。
そしてすぐにお気に入りのクッションをひっ捕らえて抱えると、窓へと走り出す。

(きっと彼は、今日こそ、僕が出て行かないのに堪忍ならないといって、この扉を蹴破って入ってくるに違いがない。
ああ、もうすこし、もうすこしでいいから、ゆめのなかにいたかったなあ……)

がつっと、何かを蹴飛ばした気がしたが、まあそんなことは彼にはどうでもよかった。
今はこの場から逃げる事が大事なのだ。暫く触れてすらいなかった木製の戸を強引に押し開けると、
素っ気無いバルコニーへと身を乗り出し、そのまま転げ落ちるみたいに階段へと向かう。
まだ、扉がばんばんと揺れているのを覗いて確認すると、彼はにんまりと笑った。
クッションをしっかりと脇に挟みなおし、寝癖のついた髪を急いで撫で付けながら、彼は一階まで駆け下りた。
このまま何処かの丘にでもいって、寝なおそう。そうすればまた夢が見られるはずだ――
だが、次の瞬間ペトルスの空色の目に映ったものは、一瞬でも彼に世を儚ませるに十分なものだった。

「…やあ、フランチシェク……」

眼前に立ち塞がる見覚えのある厳しい顔に、突きつけられた王都バルバストルへの出向命令書。
三度目の鐘の音の余韻がまだ耳にこびりついているようだ。
悪夢へと落ちるような、眩暈がした。



(一)

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01. So sweet

 学術都市アルビダに所属する一研究者であり、魔術師でもあるペトルス=ガナーヴァジがこの世で一番愛してやまないものは、非常に多い。一番をひとつに限る必要はないとは、彼の、これまた数ある持論のひとつだった。彼の武骨な両手には、常に人より多くのものがあふれている。それは例えば溜めに溜めこんだ研究資料の山であったり、机の上の飲みかけのマグカップが増え続ける謎であったり、幸せなひとときを約束するチョコレイトやキャンディの類であったりした。
 そして今、彼はうだつのあがらない30男には似合いの安っぽい寝台――彼にはちょっときゅうくつな――で、そのしつらえには似つかわしくない少しばかり上質なクッションを抱きしめて、フラットヤー女史の凍てつく視線にも勝るとも劣らない冬の雪をも溶かす、最上級の春の日差しを全身で受け止めているところだった。
 つまるところ、今日は彼が一番愛してやまないもののひとつ。

 休日だ!

 窓の外のにぎわいをわずらわしく思いながら寝返りを打つ。その際、何かが安いアパートメントの床に落ちる音がしたが、それが何かを確認する気も起こらなかった。帰って眠るだけのこの部屋に、壊れて困るようなものはないだろうと高をくくる。昨晩も遅くまで研究室に居残って、課題の山に頭を痛めてきた。首も腰も肩も、最近は心なしか胃も痛い。

(一年中が春なら、それか、夏だといい。アルビダの夏は涼しいから、きっと僕でも幸せで、それは、幸せで、すごす。僕はチョコレイトが溶けかかるぐらいのあたたかさが、それはもう、好きだから、今も、それはもう……。)

 時計台の鐘が鳴る。ひとつふたつ、みっつ鳴ったところでクッションに頭を押し付けた。このまま行くと、ペトルスの傷んだブロンドには派手な寝ぐせがつくに違いなかったが、それもまた良いものだろうと彼は思い直して、まだしばらくはお目見えすることのないだろう空色の双眸を、柔らかな布地にうずめていく。
 こんなにのんびりとした休日は、学生の時以来ではないだろうか。

(太陽が真上までのぼりきる頃には、僕の頭にはがんこな寝ぐせがついていて、僕は気づかないそぶりで、あのひとのところへお昼ご飯を買いに行く。すると彼女は笑って、僕のチキンサラダサンドをつつみながら、“また寝坊ですか、ガナーヴァジさん!”……いや、“お寝坊ですね――”。)

 ああでもないこうでもないと夢にしずんでいくにつれ、鐘の音も分からなくなっていた。今この瞬間、彼は間違いなく世界でゆびおりの幸せ者だ。行きつけのパン屋のあのひとは、春の陽気そのものの笑顔で、そんな彼を世界で一番の幸せ者までおしあげてくれるだろう。そんなささやかな空想も、小さな楽しみだった。
 しかし世の中とは無情なもので、時計台の鐘が鳴る度、アパートメントの階段を速いリズムで駆け上がる靴音が、彼を現実に引き戻しに近づいてきていた。ペトルスはそんなことには全く気付かず、自分がぐずぐずと駄目になっていく喜びをかみしめながら、今日は天気も良さそうだからそのまま外で食事にしようかなどと、残り半日の夢を見ている。

 そして最後の鐘が鳴ると同時、激昂する女の声と、建付けの悪い戸がドンと強く叩きつけられる音がして、ペトルスの甘い甘い夢はもろくも崩れ去るのだった。

「――また寝坊ですか、ガナーヴァジさん!何時だと思ってるんです――王都の方がお見えですよ!」



(hata)

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aicon 50のお題 aicon



1. So sweet
2. まちぶせ
3. 太陽をつかむ
4. インザレイン
5. Sleeping Beauty
6. 爪先
7. ワンダーフォーゲル
8. 月とミルク
9. 空を駆ける
10.ジェンガ

11. 死にゆく者の見る世界
12. Cry for the moon
13. ひだりて
14. ハリケーン
15. 振りかえるな
16. 猫に沈丁花
17. ノンフィクション・ライフ
18. てのひらに咲く花
19. Dramatic
20. 風見鶏

21. エメラルドの森
22. すみれ
23. 指先のいばら
24. メロウイエロウ
25. 愛を恋う人
26. 残光
27. 赤いブーツ
28. ワールドエンド
29. その先にあるもの
30. Shallow

31. ティンカーベル
32. ばらいろ
33. 君を忘れる頃
34. 二人乗り
35. No.13
36. シャンパンゴールド
37. 背徳
38. TOWER
39. 10の夜に
40. ピアスホール

41. 椿
42. 冬空と粉雪
43. ロストライオンハ-ト
44. Pinky
45. 長い夢
46. だから僕は君の手の中
47. こいをした
48. マシンガン
49. 傘の下であいましょう
50. I kill you
 

繋がって、転がって!
どうなるかは知る由もなし。

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